飛騨地方の群発地震で焼岳は噴火するのか?

ご無沙汰です。焼岳ファンの管理人、春になり戻って参りました。
じつはご縁があって焼岳の本を作ることになり、手伝いをしていたのです!
近々、そのお知らせができるかと思います、乞うご期待!

さてそんななか、飛騨で群発地震がありました。焼岳のすぐ北側の浅いところに震源が集中しています。
GW中に上高地や新穂高に観光で来られた方は、ちょっと驚いた方もいるかもしれません。
zakzak にはこんな記事も。

【警戒せよ!生死を分ける地震の基礎知識】GWの飛騨群発地震で焼岳噴火の可能性も


タイトルを読むと、今すぐにでも噴火しそうに思えてしまいますが、ほんとうにそうなのでしょうか。



記事本文を読むと、時期も明確に提示されていません。書かれているのは一般的なこと、すなわち、多くの火山の噴火の前には群発地震があること、焼岳は有史以来活発な火山なのでまたいつか噴火するだろう、ということが書いてあるだけです。取材を受けている学者先生のコメントも、そのあたり、当たり障りのない範囲のことしか述べていません。この記事を書かれた方は、その微妙なラインがわかっている方なのでしょう。

地元の観光地の方はどのように考えているかというと、

飛騨地方の群発地震について

「焼岳の噴火警戒レベルはもう何年も『レベル1』です。
これは、レベル1~5の5段階の中で、最も活動レベルが低いとされている状況で、
『平常』と見なされているレベルです。
この警戒レベルについては、5月3日の地震発生後も、変更はありません。」


ということです。

しかし群発地震があったのは事実ですし、噴火するのではないか、と不安に思う方、あるいは興味深く思う方もいるでしょう。

奥飛騨の地震で「低周波」観測 焼岳深部のマグマ刺激か 
2014/5/17 朝刊・中日新聞

「観測所は「焼岳の火山活動を今後も注意深く観測していく必要がある」と指摘している。」


久しぶりにブログ更新ということで、火山噴火について考えてみたいと思います。
また、これからしばらく、群発地震や低周波地震(火山性地震)や、焼岳を注視し、報道記事などを貼っていこうと思います。

この付近に長くいらっしゃる方ならよく覚えていると思うのですが、90年代末には「上高地地震」がありました。今起こっている群発地震よりも強く頻繁にあったはずです。登山道は崩壊する、山の岩壁は崩れるなど、被害がありましたが、焼岳は噴火しませんでした。地震の震源は北方へどんどん移動していって消えてしまいました。

また、3.11の直前にも、飛騨で群発地震があり、3.11直後にも焼岳で地震がありました。3.11の地震の震動は極めて大きく、あちこちの火山や活断層を刺激したことは事実でしょう。焼岳も影響を受けたのかもしれません。しかし噴火には至りませんでした。

1962年(昭和37年)の噴火のときは、噴火のまえに群発地震があったという公的な資料がないので、なんとも言えませんが、直前に直下型の強い火山性の地震があったというのは、旧焼岳小屋の管理人の方が証言しています。この噴火の噴石で小屋は倒壊してしまいますが、6年後には少し離れた場所に焼岳小屋が再建されています。

大正池が生まれる1915年(大正4年)の噴火については、明治の終わりから昭和の初期まで、焼岳は断続的に活発に活動していたようですし、地震もおそらくは頻繁にあったのだろうと思います。それでも、上高地は日本の景勝地として多くの人に知られるようになり、登山基地として、観光地として脚光を浴びていくのでした。

地震や火山噴火のなかで、人々は生活の影響を受けながらも、たくましく生きているということですね。

地元の観光産業の方にとって火山の噴火はじつに困った話しですが、火山によって温泉が生まれ、大自然の絶景が生み出され、その自然とともに暮らしていくのは、いわば運命のようなものです。脅威も恩恵も同時に受けて生きていく、それは火山の麓に暮らす人たちだけに関係のある話ではなく、火山大国・地震大国に住む日本人全員に関係のある話でしょう。地震、火山噴火の話題を避けて通るのではなく、じっくりしっかり、科学的に捉えていく、これが大切だと思います。

これを機会に、地震と火山をもっと観察し、そのよいところ、怖いところを発見していく、そういうチャンスでもあるでしょう。

中尾峠展望台から見た夏の焼岳

中尾峠展望台から見た夏の焼岳

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